ほんの肩慣らしさ。
ただ、愛されたかっただけだった。信じていて欲しくて――。
無機質で慣れない壁に、そっと背を預ける。
終わり無く続く道に、一筋の光が木漏れ日のように差した。それを救いの光だとは思わない。
ただ、地獄へと続く門。あるいは敵の住処。
腕から流れ出る赤い血は、止まった。一応、応急処置を施されていると思える。これをあの男がしたのだろうか、と
ふと不思議に思えたが、意識を放りなげてしまいたかったから考えない。
けれどあえて聞いておく。
「ここはどこだ?」
「ここは、ここさ」
「・・・」
「だってそうだろう」
「ま、初めからお前が素直に答えるとは思っちゃいなかったさ。だがお前。一体どうするつもりだ、俺を。」
なるべく冷静に言ったつもりだ。
「君は何も知らなくていい。誰にも知られなくていい。何一つ知らぬ場所で、何一つ知らぬ男の手によって、君は誰の目にも触れずに死んでいくんだ。」
うっとりと悦とした表情で、縛った縄を解かれ体が楽になったかと思うと、また彼は横たわる体に足を乗せた。
そんな微動さえもが、今は辛い。
「護廷は助けに来るだろうか。きっと来ないよ。君を信頼する仲間っているのかい?居ないだろうね」
「・・・・・・」
「覚えているかな。藤堂南、という女。」
ぴく、と横たわった体が反応したのを男は見逃さなかった。
満足そうに笑み、狂った。
「君は滑稽だった。あの女から陥れられるときの君の顔、今でも忘れないよ!
それと、君の幼馴染か。身内に裏切られた気分はどうだった?
ああ、『だった』じゃない。どう?と聞くべきだね。今もなお、裏切られてるんだから」
何故この男が知っているのか、もはやそんなこと聞けたものではなかった。
ずっと、つけていたのかもしれないとさえ。
「あはははは」
大口を開け、腹を抱えて笑った男の姿はなんと滑稽だったことか。愉快そうに、けれど悲しそうに笑う彼の姿は、何とも見苦しい。
「は、ほんとに愉快だ。滑稽すぎて、血反吐が出る」
そう言った彼の顔が、何故か悲しみに満ちていることに気付いた。
瞳を覗き込む狂った笑い。狂喜に満ちた何か。
彼が言わんとしていることは何だろう。失うことを知っている瞳だ、と感じた。
「君は、本気で人を好きになったことはある?」
「・・・何?」
「僕はある。愛していた、この世の神に値するほどに、彼女を。ただ、愛していた」
「・・・急になんだ」
「彼女との時間は至福だった。この時間さえあれば、ほかに何もいりはしないと何度も心から感じたほどに。」
男はほうっと、息を吐く。
「けれど、その幸せと彼女をお前が奪った・・・!」
今にも泣き出しそうな目をして。
「お前が・・・俺達の、幸せを・・・!」
「・・・どういう・・・」
全くを持って覚えがなかった。
「うるさい、うるさい、うるさい!!
お前は俺から彼女を奪ったんだ。その俺がお前の命ひとつ奪って何が悪い!」
焦点の定まらない瞳で、再び流れ始めた血を見ていた。
ちくりと僅かに、頭が疼いている。この疼きはなんだろう。彼の言っている事実を自身の記憶の底に眠らせている様な気がしてならない。
押し黙る日番谷に、下部は唇を震わせた。
「死ねば良い、君は。彼女と僕の償いと代償に。」
泣きそうに歪むその顔が、何故だか不思議でならない。刀を腰から引き抜き、きらりと光らせる。
「もう二度と君の顔を見ることは無いだろうね」
「ばい、ばい」
にやりと笑う顔を見てもなお、反応できずにただ押し黙っている。
目を瞑って、その衝撃だけを待つ。
(これで俺も死ぬのか)
瞼が折りかかったとき、不思議と生に執着していないことに気付けた。
以前から自分は、すでに戦線から離脱していたのだろうか。
もう、やる気さえも残ってはいなかったのだろうか、そんな想いだけが
走馬灯の様に頭を過ぎる。
(ありがとな)
振り下ろされる刃に、松本と浮竹の姿が浮かんだ。
同情ではなく誠意で協力すると申し出てくれた、唯一の理解者であり、協力者だった。
一人で生きようとする己には、歯痒くて関わりたくないとばかり感じていたのに。
もう無くしたくはなかったのだ。
けれど、自分が彼らの意思を拒みきれなかったのは、あまりにその瞳がまっすぐ俺の瞳を射抜いていたから。
その彼らの行動が役にたったかは別として、最後に関わってくれた彼らに感謝を述べた。
が、と鈍い音が頭部を走る。
けれど、不思議と待ち望んでいた衝撃はいつになっても訪れることがなく、不振に思い瞳を開けた。
「大丈夫か、日番谷」
白髪の、見慣れた男だった。
下部の刃を見事に打ち返して、降り立っている。
「・・・何故、ここが」
「分かるさ、どこにいても。俺たちは仲間なんだから」
「なかま?」
慣れない響きに、言葉覚えのように繰り返した。
「そうだよ。それと、総隊長が正式に君への協力を申し出た。
お前は疑いを晴らすことができたんだよ。今回の一件でね」
「・・・あいつは?」
「俺が来た途端に、逃げていったよ。知っているのかい、あの男を」
ふるふると首を横に振った。その様子を見ると、浮竹はふんわり微笑んだ。
「さ、戻ろう。またあの男は君を狙いに来るだろうから。」
「・・・助けに来てくれて、ありがとな」
「仲間を助けるのは俺の役目だ。礼なんていらないよ。」
そう言うと、きょとんと年相応の表情を見せた日番谷に機嫌を良くして頭をわしゃわしゃと掻き撫でた。何故かその手が今はいやではなかった。
それでもそんな自分に吐き気がする。
馴れ合いを何よりも疎む俺自身が、何故彼の心を受け入れようとしているのだ。
信じてはいけない、信じるのは己だけと幾度も誓い、嘆いていた。
それを今、壊すわけにはいかない。
「俺が、怖くはないのか?」
しんとする部屋に、低い声が響く。唐突な質問に、浮竹は首を傾げた。
「今まで皆、俺を怖がって寄って来ることはなかった。
この髪色を恐れてか、瞳の色を恐れてか。
あるいは子供の形をしたこの体を嫌ってか。寄ってくる奴は全て体目的な奴、
もしくは物好きの変わり者だけだった。」
今までずっと、この細い腕を掴まれ従ってきた。問題を起こすことさえも面倒で、恐怖さえも打ち捨てて生きていた。
そしてこの事を今まで一度も、誰かに打ち明けたことは無かった。
震えて仕方ない唇で、たどたどしく出た言葉は、言葉になっていただろうか。
「お前は・・・どれなんだ。どうしてそんなに優しくする?」
覚束ない声で。
聞かずにはいられなかった。永遠など無いものだと知っていたから。
誰よりも、知っていたから。
言い終えると、浮竹はやはりふんわりと笑った。
気に食わないその表情に、ほっと安心する自分はきっと、
この顔を求めていたのだ。
拒絶されるのでなく、受け入れてくれる彼の顔を。
ただまっすぐに、望んでいただけだった、
からからの喉がうねりを上げる。
「なんで・・・っ」
流れ落ちるのは、汗でうつむく度に地へと落ちる。
悲鳴の様な声をあげると、浮竹はそっと手を突き出した。
「帰ろう。」
それだけ言うと、少し困った顔をして日番谷を背に負ぶった。
足を負傷していることに気を使ったのだろう。妙に気の利く男だ。
そして、何も問わずにいてくれる。
子供の癇癪にも似た悲鳴。それを受け止めていてくれる。それが彼の答えだった。
「俺は、お前を守りたいよ」
「・・・」
「息子みたいに思っていた。お前と出会ったときから」
「俺と、出会ったとき?」
「ああ。今みたいに、お前は怪我をしていて俺が背に乗せていたよ。
そのときの記憶は、無くなっているそうだが、そのうち戻るさ。心配するな」
「別に。心配なんかしてねぇ」
「そうだね。お前は強いから」
「俺だって、お前のこと守りたいと思ってんだぞ」
「俺を?それはありがとう。でも、焦らなくて良い。
お前はお前らしくやっていれば良いよ、冬獅郎」
顔を見ることはなくても、顔が綻んでいるのは分かった。
「冬獅郎って、嫌に小慣れて呼ぶよな。お前」
「昔はこうして呼んでいたんだ」
昔を知っている彼が少しだけ羨ましくて。
決意したあの日から初めて、信じても良いと思えた男だった。
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2008.09.07
ちょい長め。
簡単に逃げちゃったよあの人(下部)
浮日みたいだけど、CPはなしだYO
この話。
けど、簡単に幸せにしてやりません(おい
どうか。ひつに祝福あれ。





