真っ暗な世界

 
 
 
深く、深く眠る龍。
その気位の高い様はまるで殿下や王子の様。
龍、名を教えろ。

 
 
『お前の望みは何なのだ。』
「望みなど無い。」
『ならばお前の願いはなんだ。』
「願いなど、届かない。」
 『ならば私の声は届かない。
今のお前に大切なもの、無いのであらばそれはまさに、私の見込み違いといおう。
主よ。貴様は天童、神に等しい速さで力を得ていく。
それはまるで神の落とし子。
しかしそれは稀に化け物と言える。』
 
「・・・・・・」
 
『聞け。そして刃を掴め。
我が名は―――』
 
 
 
 
 
 
 
 
「聞こえねぇ」
 
急速に戻った現実に、瞼をしたたかに音を挙げる。
 日番谷はいまだ始解できていない。
始解に必要なのは、『同調』と『対話』なのだが、今のような夢を何度も見ては
声が聞こえないという悲しい事実に襲われる。
 確か今日は、東修練場で剣道の稽古があるのだ。
早く仕度しなくては遅れてまた面倒な連中に面倒な文句を言われる。
ガッとそばに置いてあった死覇装を掴み着替えるが毎日思うのは、
この小柄な体格、133な身長のことで、もう少し身長さえあれば
嘗められる事も少なくなるのだろうに。
 
 
 
 
 
「えーこれからペアを組んで練習してもらう。
こっちでペアを決めてあるから壁に貼っている用紙を見て確かめてくれ。
それから、新入隊員は新入隊員同士組んであるから安心しろ。」
 
恐らく十番隊の三席であろう死神が号令を告ぐ。
日番谷は面倒くさげに紙をちらりと見る。
すると相手は思いも寄らぬ面倒な相手で心底げんなりした日番谷は
紙をくちゃくちゃと丸める。
 
「日番谷冬獅郎。やっと戦えるときが来たのだな!覚悟しろ」
「・・・なんでそんなに俺と戦いてぇんだよ。」
「同じ新人同士、しかも天童などと聞けば誰でも挑戦の心情になるものなのだ。
貴様と同じく若くして天才と呼ばれた私が貴様の天童の名、剥ぎ取ってやろうとも!!」
「ちょっとは黙れねぇのかよ」
「なんだ貴様は!さっきの五席とまるで態度が違うじゃないか!」
 「・・・お前は二十四席じゃねぇか。」
 
 鬱陶しい奴とは、この人物のためにあるような言葉である。
そして日番谷を虐めないただ一人の人間なかわりに、
何故か闘争心を燃やしてくる相手で、
そんな彼が日番谷に勝てない事を知っているので、何も怖いことなど無い。
 
「・・・始めるぜ」
 「来い!・・・って!?
あれは三番隊市丸隊長、十一番隊の更木隊長と
一番隊隊長の山本総隊長ではないか!!」
 「関係ないだろ」
「大有りだーー!
何故そんな偉い人がこんな平隊員の稽古など見に来られるんだ!」
「聞こえるぞ」
「しまった!大きな声をだしすぎた・・・」
 「・・・・・・」
 
日番谷は木刀を構えたが、いつまでたっても進まないその様に
さすがに苛々は増して、しかもここにあらわれた三人の隊長を注目した
隊員達は落ち着かずざわざわと声を荒げる。
迷惑な奴らだ、と嫌悪に追われていたら急にその足は動き
自分のもとへと向かってくる。
 
まさか俺にようがあるとかじゃないよな
そんなだったらまた面倒なことになるじゃねぇか!
それともこの間の書類についての処分か?
・・・ああ、そうだ。きっとそうに違いない。
そうじゃなかったら
 
 
「十番隊十七席、日番谷冬獅郎。」
 
総隊長の声がかかる。
そらきた。
 
「あないな大きな声でお話してたら嫌でも聞こえてまうで。
なぁ十一番隊隊長さん」
「うるせぇ。そんなこたどうでもいい日番谷ってのはどれだ!?」
 
横にいる長身な男達が言い合いを始めるが、
日番谷は二人の目の前にいるというのに総隊長にしか気付いてもらえない。
 
「ちぇい!黙らんか二人とも下級隊員に示しがつかん!
そして日番谷。よく聞け」
 
あらそんな所にいはりましたんほんまに小さいんやなぁ、
と狐顔のあの男が声をかけてきた。
一度会ったはずなのに、全く初めてかのようなく口ぶり。
 
日番谷の前にいる三人の隊長格らに、下級隊員たちはすぐに不満の声をあげる。
何故またこの子供が、と皆の考えている事などお見通しで
稽古が終われば呼び出されることは確実といえる。
総隊長はじっと日番谷を見つめた。
威圧される霊圧。
 
「その幼き体格に纏わり付く乏しい経験。
しかし幼きにして神の落とし子であるかのような力、
そして天童と呼ばわれるまでに才能高き戦闘能力、冷静なる判断、その飛び出でた行動力。」
 
「・・・総隊長。お言葉ですがそれは自分には奢り過ぎかと」
 
「しかし彼はいまだ始解を会得することなきまま。…ですやろ総隊長殿。」
 
「・・・日番谷よ。何故貴様が始解を会得できないのか知っておるか」
 
「実力不足では」
 
「そうではないことをお主もすでに知っておるのじゃろう。
しかしその理由はまだ知ってはいけない。
まだお主には荷が重く、経験やら足りぬものがあるんじゃ」
 
「存じております」
 
「・・・良い目だ、お主はきっと否必ず護廷の柱となるはずべき者。
それは紛れも無き事実。目を反らしてはいかん、背けてはいかん。」
 
「なんの話を・・・」
 
「前だけを見よ、そして経験をつめ。
その差を埋め必ず護廷のために己のために、
そして護るべき者のために戦いなさい」
 
何の話なのか全く分からない。
それは当たり前の事実。
ただ総隊長が消えてからも、ぼんやりと
そこへ経ち続けていれば、今の会話と同じような
会話を、以前したような気がした。
それも護廷に入るより、統学院に入るよりも前。
何故か 頭の中から 一部すりぬけたような感覚が体中を走った。
言葉がよぎる。
『死神になりなさい』
『お主はここに居てはいかん』
『今すぐに』
『今すぐに』
『死神に・・・』
酷い頭痛に襲われながらも、その場を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その後、呼び出され文句をつけられたのは勿論。
今日の話はきっと藤堂南にも伝わっている事だろうが
そんなことはもうどうでも良かった。
今すぐに強くなりたい。
誰かのために戦えるように。
そんな思いばかりが心の中を占めていた。そのとき
頭の中にぱっと、赤い映像が浮かんだ。
そして、流魂街でのあの頃を思い出す。
 
 
そう。
あの日は嵐で、風がごうごうと音を立てながら吹き荒れて全く眠れない夜だった。
何故か胸騒ぎがして布団から外に飛び出して辺りを見回すと
そこには虚が一体存在していた。
まだ子供で死神でもなく統学院にも通っていない自分が
どうにか出来るなんて始から思っていなかった。
しかしそこには誰もいなく、煙や雨がもうもうと上がっていたせいで何も見えない。
すると突然虚が暴れ始め、虚が掌に握っている何かを握りしめた。
すると日番谷の頬に何かが付着した。
それを指でおそるおそる拭い取ってみると、赤い液体。明らかに血だった。
子供心にもそんなものは見ていられなくて、しりもちをついたが
手をついたところの傍には近所に住んでいた
同い年くらいの子供が横たわって、ピクリとも動かない。
すっかり気が動転した日番谷は何をしていいのか分からず、とりあえず前を見た。
雨がやみ始めてようやく見えるようになったと思えば
そこは一面の焼け野原で地域一帯に住んでいた者たちが横たわり
血なまぐさい臭いが鼻を掠める。
 
『そ、んな・・・婆ちゃんなんで外になんか出て・・・』
 
日番谷を可愛がってくれていた老婆もそこには静かに存在しており
何故こんな夜中に外に出てしまったのか、何故もっと早く気付かなかったのか。
そんな後悔の念だけが自分自身を攻め立てた。
 
『・・・冬獅郎・・・駄目だよ・・・家に戻りなさい』
 
『嫌だっ!婆ちゃん残して行けるかよっ』
 
『早く戻んなさい・・・!婆ちゃんは大丈夫だよ』
 
人の心配ばかりして、一番大変な自分の事全く気にかけない奴を知っている。
そんな奴を知っている。
こんな狭い世界の中では少数しか見つからないけど
もっとそんな奴はたくさん居て、人を護るのに精一杯だ。
婆ちゃんもそうだった。俺が外に出て怪我をしないように、外を見張っていた。
どんなに自分が傷ついていても俺の心配ばかりする。
一方俺は何もできない。護れてなんかいないし、置いて行けないというのも
自分の薄情さが怖いからだ。
本当は逃げたいくらい怖いっていう気持ちを隠したいからだ。
 
無力無力無力。
 
怖い
 
怖い
 
怖い
 
 
『うああぁあっ』
 
 
気付けば腕を虚のつめが掠められ、血が噴出した。
そのときも龍の声が聞こえた。
聞こえた名の通り答えた。
 
『っ霜天に坐せ!!氷輪丸っ』

 
そして虚はあっというまに空に消えた。
自分のみに何が起こったのかも、何の力だったのかも良く分からなくて、
その後はひたすら老婆の看病をしていた。
途中に死神が訪れ、住人の遺体を引きとり日番谷に死神になるよう命じた。
そして無理やりながら統学院に入らされた。
その日、日番谷は決めた。
誰を護る、そんな小さなものじゃない。
 自分の心配なんてまるでしないそんな莫迦で優しい奴を護ろうと思った。
いつも人のことばかり思う優しい奴に力を使おうと決めた。
大切なものを全部護れるようになろうと、ただそれだけの為に忠誠を誓おうと。
 
 
 
そうあの日は、大変だったことを覚えてる。
いつまでも鼻に血の臭いがこびりついて取れない感覚。
しかしよくよく考えてみる。
始解では刀の名前を知ることが必要だ。
あの時日番谷は確かに『氷輪丸』と呼んだ。
だが、今の自分はその名を知らない。
 
「どういうことだ・・・もう既に俺は始解に至っていたという事か・・・?」
 
どうなっている。
何故今自分は始解を得ようとしているんだ。
もうすでにあの日、名を呼んだはずじゃないか。
何故またそうしている。
何故あの日の決意も何もかも忘れている。
ごっそり頭からぬけおちているんだ。
 
「一体・・・俺は何なんだ・・・!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
龍よ、教えてくれ。
こちらへ来い。
名など教えてくれぬ刃。
されど名を知っている刃。
 
何故龍は知らぬふりをする。
一度は呼んだ名であるのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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